作り手:薄田 浩司

薄田 浩司

すすきだ こうじ

栃木県益子

  • 陶器

栃木県益子で作陶を続けた、薄田浩司(すすきだこうじ)さん。
塩と炎が生み出す、計算を超えた景色を追い求め、登り窯による塩釉の器を数多く手がけました。
お囃子や祭りを愛し、人と関わることを喜びとした薄田さん。そのにぎやかな人柄は、今も器の表情の中に息づいています。

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大阪で育った薄田浩司さんは、

民藝運動の活動家の一人 であり人間国宝の濱田庄司氏の作品に心を動かされ、益子の陶芸家・村田元氏のもとで修行、益子に「薄田窯」を筑窯しました。

 

益子の伝統釉・糠、黒、柿の釉薬、そして塩釉へ。常に新しい景色・ワクワクする刺激を追い続けた浩司さんは、端正なフォルムと上品さを持ちながら、一つひとつ違う表情を見せる塩釉に惹かれ、挑み続けました。

作り手の経歴

SUSUKIDA KOJI

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1945年|大阪にて育つ
1967年|京都府立陶工訓練校終了
|益子、村田元氏に師事
1970年|益子に「薄田窯」を筑窯
|以降、東京・栃木・韓国と様々な場で作品発表
2015年|ご逝去(享年70歳)

作品一覧

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他の作り手を見る

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