てしま島苑さん < First interview > 後編
前編では、「てしま島苑」の松下龍平さんと松原恵美さんそれぞれの陶芸との出会い、そして縁もゆかりもなかった手島に根を張るまでの経緯を辿りました。
後編では、制作の核心へ。お互いに得意分野で補い合う二人の役割分担、島の素材から生まれる釉薬の実験、そして「土になめんなよ」と言われた野焼きの体験まで、てしま島苑の深いところに迫ります。
考える人と、手を動かす人
二人の役割分担は、自然と決まっていった。
松原さんが成形を担う。9割がた、手を動かすのは松原さんとのこと。
同じ形を繰り返しながら、土のコンディションの変化を読み、少しずつ精度を上げていく。
「同じ形一つでも、同じところの土を取っててもポイントが変わるとめっちゃ使いづらくなったり。そうなってきた時にこれならこうした方がいいとか。何回も同じ形のものを焼くたびに反省をするわけじゃないですか。その次の時に再チャレンジするとかいうのが私は好き」
研鑽を重ねることが、松原さんの推進力になっているようです。
松下さんは、アイディアを出し、設計し、実験し、形にしていく。
そこに、薪窯を作って改良するのも、松下さんの役目のよう。
考えることが好き、と本人も言います。
「本当に自分たちはこれが好きなのかな、いいと思っているのかなっていう部分が、結局は一番かなと思ってて。取って付けたようなものではなくて、今自分たちがそう思えてるかっていう部分をすごく意識してやるようにしてます」
その問いかけを繰り返しながら、二人で話し合って、次の作品が生まれていく。

↑庭先には新たにミツバチの巣箱を設置。水漏れ防止用の蜜蝋を集められないか実験
島の素材が、釉薬になる
てしま島苑の釉薬は、島で採れる植物や鉱物、貝などから作られています。
メインで使っているのは、本鷹唐辛子・ひまわり・空豆・背高泡立草・竹の5つ。それぞれを灰にして、島で採れる素材と掛け合わせながら釉薬を調合していく。
「唐辛子は他の灰に比べて釉薬にするのが難しくて、
と松原さん。唐辛子の釉薬は、試行錯誤の末にようやく安定してきた一つ。
当初は流れすぎて使いものにならなかった。
「こんなに毎年手に入るのに、使えないんか〜い、って」
と松下さんが笑う。意地でも使いたくて、組み合わせを変えながら試し続けた。
釉薬ごとに、素材ごとに、表情はまったく違う。
空豆は安定した表情を見せる。
ひまわりは七変化。
掛け合わせる鉱物によって色も質感も変わり、同じようにかけても同じものにはならない。
「島の素材と掛け合わせて釉薬を作るんですけど、掛け合わせる鉱物ごとに表情を変えてくれるので、結構面白い灰だなって思います」
パターンを増やしたくて、テストの数もどんどん増えていく。
「100パターンなり、その中から選びたいっていう欲求がやっぱ出てきちゃって。まだ見ぬ世界を見たい」
ただ、その100パターンの素材は、クリック一つで届くものではない。採れる時期が限られるものもある。体を使って島を歩き、集めて、処理して、ようやく釉薬の実験にたどり着く。その時間と労力は、成形している時間に決して引けを取らない。それでもお二人は、制作に欠かせないこととして、続けています。

↑釉薬の倉庫兼LABO。島の素材を釉薬として使えないか、日々実験。
考え方も、手の動かし方も、二人は良い意味でずいぶん違う。そんな二人の中で共通する方向は、まだ見たことのないものを見たい、というもの。
これからの試行錯誤も、きっと笑いに変えながら続いていくのだと思います。
「地続き」かどうか、よくわからない
島の素材を使い、島の暮らしの中で制作する。
外から見れば、生活と陶芸が「地続き」に映る。
でも松原さんは、その言葉にどこか引っかかりを感じていた。
「生活している私はとにかくリラックスをしたい。生活の私と、ものを作る私は一緒やけど違うというか。何をもってすれば生活とものづくりが地続きなのか、あんまりよくわかんない」
「地続き」であることがいつの間にかブランドの「らしさ」になってしまうことへの、静かな違和感。自分たちが意識してやっているわけではない、ただそうなっているだけ。これが「特別な」ものと捉えられてしまうことへの違和感を、松原さんは大切にしています。
松下さんはこう言いました。
「客観的に見てくださる方がそう感じるなら、そうなのかもしれない。
でも、別に僕らは自分らが意識することじゃないからね。」
「そっか。今まで通りでいいんや」と、松原さんは笑いました。
自分たちらしさを手放さず、生活も作陶も自然体で愉しむ。そのありようが、てしま島苑の器の、あの伸びやかで力強い表情につながっているのかもしれません。
土に、「なめんなよ」と言われた気がした
松下さんが薪窯と並行して取り組んでいるのが、野焼きです。

↑お二人がセルフビルドした薪窯。実験と改良を繰り返している。
手島の土は、成形しやすくするために、採取したあとも土の乾燥や粉砕など、いくつかの工程が必要となる。
また、焼き方によっては、他の素材も混ぜることも。
ところが初めて野焼きをしたとき、思いもしなかった反応が土から返ってきた。
「土になめんなよって言われた気がして」
電気窯では見えなかった土の表情が、直火の中で現れた。手の跡がそのまま残り、火に当たって硬くなっただけの、土そのものの姿が。
「俺が思ってたより土って寛容だし、懐が広いんだなと思って。いやいやいやお前、ちょっと見くびんなよ?俺のこと。みたいなことを野焼きでなんか実感させられて」
その体験が、松下さんの中で何かを変えた。
「僕がそういうふうに感じ方が変わったっていうのが、また面白さの一つかなと思う。自然は変わってないんですけど、自分が変わると、その変わってない自然が変わって見えたりするんですよ」
一歩引いて観察し、静かに思考を重ねる。そんな松下さんだからこそ感じ取れる違和感が、てしま島苑の作品をこれからも少しずつ、更新し続けていくのだと思います。
手島焼き、と名乗れる日のために
松下さんには密かに温めていることがある。
野焼きの次は、手島の土で作った薪窯。この薪窯で納得いく「作品」が焼けたとき、初めて自信を持って「手島焼き」と名乗れる気がする、と。
「本当の意味での手島焼きができるかなっていう。自信を持って手島焼って名乗りたいなっていうふうな欲求が、ふつふつと出てきてる」
今の作品に自信がないわけでは、決してない。ただ、手島から生まれた焼き物として名乗るには、もう一段、踏み込みたい。そういう話でした。
この日、松原さんは松下さんのその言葉を初めて聞いた。しばらく聞いていた松原さんが、ぽつりとつぶやきました。
「未来があるっていいね」
松下さんの「何言ってんの」というツッコミに、二人で笑い合う。それでも、少し先の目標に想いを馳せる表情は、どこか晴れやかでした。

やりたいことがある。気取らず、気負わず、その先を求め続けている。
てしま島苑から、目が離せません。