陶芸家 出口結莉さん < First interview > 後編
第7回目の「作り手の声」は、茨城県笠間市で主に活動、現在は城里町で「陶胎漆器」を作る、出口結莉さん。
前編では、映画制作から陶芸へと辿り着いた経緯と、縄文土器を調べている途中に偶然たどり着いた、陶胎漆器との出会いをお届けしました。
後編の今回は、塗り重ねるたびに表情が変わる漆の面白さ、漆を扱う中で出口さんがたどりついた想いについてお届けします。

塗って、ヤスって、また塗る
一つの器を仕上げるまでに、漆を6回から8回、薄く塗り重ねます。
焼き締まった陶器の表面をヤスリがけし、漆を薄く塗る。乾いたらまたヤスリをかけて、また塗る。陶器はヤスリがけするだけでも相当な力がいる。木の漆器と違い、素地が硬いからです。一つの器を仕上げるのにかかる時間は、相当なものです。
工程が多い分、スケジュール帳にその日のノルマを書き、一工程でも余分に進められたら「よくできた」と思う。陶器市などのイベント会場でも、お客さんがいない時間にヤスリをかけている。塗りはできないけれど、ヤスリ作業ならできる。そうやって少しずつ、前に進めていきます。
↑時間を見つけては地道にヤスリがけをします。
「調子いい時と悪い時の波が結構あって、いい時にガッと進めるのが何よりも大事で。一度に完成はできないから時間はかかりますね。」
かぶれながら、独学で
漆の扱いは、すべて独学でした。
道具も塗り方も、何もわからないところから始めた。最初にかぶれたとき、腕がゴーヤのようにぼこぼこに腫れました。今も手袋が欠かせないし、少し気を抜くとすぐかぶれる。「これでも最初よりだいぶマシ」と、出口さんはさらっと言います。
↑かぶれと戦いながらも、漆を塗り続けます
漆は体への負荷が大きい。制作時間も長い。それでも続けてきたのは、この素材と技法にしか出せない何かがあると、出口さん自身が感じているからだと思います。
「難易度が高いほど、私は燃えるんですよね」
塗り重ねるたびに、表情が変わっていく
漆を重ねるたびに、器の表情は変わっていきます。
黒漆を使えば深みのある黒に。ベンガラを混ぜれば朱に。白漆や金属顔料を使えば、また全く異なる色が生まれる。光の当たり方によっては、黒だと思っていた器がシルバーに輝くこともある。
「一回ごとにどんどん様子が変わっていくのを見るのが好きで。やるごとに良くなっていくから」
釉薬とはまた違う味わい、と出口さんは言います。
釉薬は大抵が一度の焼きで色を仕上げるが、漆は塗り重ねるたびに育っていく感覚がある。何層も重ねることで生まれる色の奥行きが、出口さんのこだわりです。

できあがった器は、しっとりとした手触り。
温かいものを入れても冷めにくく、口当たりが柔らかい。木の漆器と同じ機能性を持ちながら、電子レンジも使える。陶胎だから、木ほど湿気を気にしなくていい。
日常の器として、普通に使えます。
笠間の酒蔵から「お酒が美味しくなる」と言われたこともある。朱の皿にからしをちょんと添えた写真を送ってきた人もいた。正月に大活躍した、という連絡も届く。
こういった皆さんの声に、次の制作へとまた力をいただいています。
自然からもらったぶん、返していく
出口さんは今年、友人達とともに自宅の周りに漆の木を130本植えました。
↑自宅周辺に友人達と植栽した漆の木
土は有限な資源だと思っている。薪を使い、野焼きをし、自然の恵みを受けながら作っている。だから、少しでも返したい。
漆の木を育てることも、自分で野菜を育てることも、その感覚につながっています。
そう気づいたきっかけのひとつが、ドキュメンタリー映画「ハニーランド」だと言います。養蜂家の女性が、「全部取っちゃダメ。ハチのために残しておいて、ちょっともらうんだ」と言う。
全部持っていった人のところからは、やがてハチがいなくなった。
「素材を扱う自分の中でも、ちょっと残していかないと増えていかないんだな、って」
漆の人口は減り続けている。陶芸の人口は増えているのに、と出口さんは言います。
陶芸家が漆に関わることで、何かが変わるかもしれない。仲間を少しずつ増やしながら、育てながら、作っていきたい。
循環の中で生まれた器
笠間の陶器市で朱色の皿を手に取ったあの日から、出口さんの器が持つ不思議な感触のことが頭を離れませんでした。
漆という素材の可能性を独学で切り開き、かぶれながらも塗り重ねて完成する器。縄文の人々が同じように漆を使っていたという事実と、それを今の暮らしの中に引き継ごうとする姿勢。
そこに、「菜じみ」が大切にしたいと思っている何かが、確かにありました。
使うほどに手になじみ、食卓に静かな存在感をもたらす器を、ぜひ手に取ってみてください。