陶芸家 柳川謙治さん < First interview > 後編
前編では、柳川謙治さんが陶芸の世界に入った意外なきっかけと、京都での基礎、弟子入り、独立までの道のりを辿りました。
後編では、柳川さんの器を見たときに感じる
“やわらかい白”や、絵付けのリズム、
そして「使われてこそ」という思いへ。
話題はぐっと制作の核心に近づきます。
やわらかな白。真っ白じゃない選択
染付の器は、青と白の世界。だからこそ、白の質感が全体の印象を決めます。
柳川さんが使っているのは、基本的に九谷(石川県)の石。
「昔から使ってるんで、慣れてるっていうのもあるし、わりかし使いやすいなっていうのもあります。」
石によって性質は変わる。
たとえば、天草の石の話なども出ましたが、
柳川さんは“綺麗で真っ白”な方向には寄せないと言います。
むしろ、少し金気がある土のほうが、自分の作りたいものに合っている。
「天草は真っ白で綺麗なんですけど、自分のイメージとは違って。
逆に僕が使っている土は…そこまで真っ白ではないんですけど、自分の作風に合っているなと。」
キリッとした白ではなく、少しやわらかな白。
私が“骨董のようで新しい”と感じる理由のひとつは、ここにあるのだと思いました。
染付+陰影がつくるもうひとつの表情

染付だけだと、色は青と白が中心になりやすい。
その限られた世界で、器の表情を変えるために、柳川さんは陰刻・陽刻も取り入れています。
「染付だけだと、青と白しかなくなっちゃうので。その中で陰影がつくと、ちょっとバランスも変わって見えるかなと。」
さらに、成形もひとつに固定しません。
ロクロ、石膏型、たたら、打ち込み。形に合わせて使い分ける。
「ただロクロを引いて描くだけじゃなくて、少し手間加えてやるようにしてます。」
磁器は、白だけで勝負になるぶん、フォルムの完成度が問われる。
だからこそ“ひと手間”で器に奥行きを持たせる。
その考え方がとても実践的で、職人的で、そしてどこか柳川さんらしい。
絵付けは下描きしない。“当たり”だけで描き切る集中
柳川さんの絵付けには、緻密さというより“生きた線”がある。
線の太さや濃さが途中で揺れるところに、良い意味での「完成しきっていない余白」が残る。
あの感じは、どうやって生まれるのか。
答えは、意外なほどシンプルでした。
「あんまり僕、下描きしないんです。下描きすると時間もかかっちゃうんで。」

完全に何も無しで描くわけではなく、“当たり”だけを取る。
交わるポイントなどをちょん、と置いて、あとは一気に描く。
大きめの皿なら、フルで描いて30〜40分。
ただし、集中力の消耗は大きい。
「1枚書いたら…結構、脳みそのエネルギーを消費するんでね。」
そして、絵付けのリズムを崩すものもある。
たとえばそれが「電話」だと聞いて、思わず笑ってしまいました。
「電話あると、描き漏らしがあったりで…焼き上がった時に、あ、この時そういえば電話あったなって。」
焼き上がりを見て、過去の一瞬の出来事まで思い出す。
器づくりって、時間の層が重なっているんだなと、改めて感じます。
ラジオ、音楽、無音。“固執しない”ことで保つ制作の呼吸
制作中はラジオを流している。けれど「ほとんど聞いてない」。
毎日同じ声が続くと飽きてくるから、携帯で音楽を流したり、時には無音にしたり。
決まったスタイルに固執しない。
それは制作にも、暮らしにも共通していました。
「年々、波のない生活になってきて。毎日仕事ができて寝れるのが一番いい。」
派手なイベントよりも、日々を続けられる身体と環境。
柳川さんの“余白”は、足りなさではなく、続けるためのゆとりに近いのだと思います。
そして、そのゆとりを守るために、運動を続ける。
ジムで筋トレ、プール。腰や膝をいたわりながら、仕事を続けるための習慣を作る。
制作の面でも、磁器を中心にしながら、
足利の土を使った陶器づくりにも取り組んでいます。
ひとつのことを続けるために、あえて少し別のことにも触れる。
そうやって、自分のスタイルにわずかな刺激を与えていくのです。
「継続するって実はすごい挑戦だなと思ってて。
当たり前だけど一番難しいかもしれない。」
器づくりの話が、そのまま生き方の話に繋がっていく。
この自然なつながりが、とても柳川さんらしかったです。
“使われてこそ”の器。欠けても直して、長く
使い手への思いを尋ねると、柳川さんは「こう使ってほしい」という強い指定はしないと言いました。
けれど、ひとつだけ願いがある。
「長く使ってもらえれば。毎日のようにでも。多少かけても直して使ってもらったりとか…ありがたく。」
欠けても、直して使う。
その姿が見えると、器が大切にされていることが伝わってくる。
思わず私が「金継ぎしてもかっこよさそうですね」と言うと、柳川さんは少し嬉しそうに「そう言ってもらえるとありがたい」と返してくれました。
器が、使い手の暮らしの中で育っていく。そんな未来を想像しているのだと思います。
陶器市では使い方を尋ねられることも多いけれど、個展では少ない。
使い慣れた人たちから逆にアイデアをもらうこともある。
「自分だと、ひいき目でしか見れなくなっちゃうんで…ありがたいなと。」
すぐに反映できなくても、いつか制作のどこかに“エッセンスとして入る”。
この距離感もまた、余白だと感じました。
真っ白にしない白。描き込みすぎない絵。
陰影を加える手間。そして、続けるために作る余白。
柳川謙治さんの器は、派手に主張しない。
けれど、料理を受け止め、使われ、直され、時間を重ねるほどに存在感が増していく。
そんな器だと思います。
最後に、菜じみのお客さまへ向けての言葉をお願いすると、柳川さんは短く、でもまっすぐに言いました。
「まずは試してください。使ってもらって初めて良さが分かると思うので。」

器は、棚の中では完成しない。
食卓の上で、初めて完成する。
柳川さんの“余白”は、まさにそのためにあるのだと感じたインタビューでした。